何度か入院を経験してきた姉が暮れにまた入院したと聞いた時、これまでのように当然退院できるものとのんきに構えていましたが、コロナ禍で面会もままならぬまま、とうとう家に帰ることも叶わず、わずか十日であっけなく旅立ってしまいました。
姉は人のために尽くすことを喜びとしていた人で、甥や姪を我が子のように可愛がってくれ、両親の介護と見送りもしてくれました。姉弟でお墓参りや高尾山の初詣、旅行などに行く際は、いつも姉がみんなのお弁当を作ってきてくれました。お礼を言っても、いつも謙虚な言葉が返ってくるだけでした。また、働き者だった姉は、保険会社を定年退職した後も何かしら仕事を見つけては働き続けていました。人の世話ばかりして、自分は体調を崩してからも人の世話になることを遠慮し、人に迷惑をかけない生き方を最後まで貫き通した七十五年の人生でした。
姉の容態が悪化し、回復の見込みがないことを察した時、回復に一縷の望みを抱きながらも、辛いけれど覚悟を決めなくては、という気持ちを受け入れざるを得ませんでした。そして、「もしもの時」に病院でオロオロするのも嫌だと思い、地域紙で知り、イベントにも何度か参加していたサン・ライフのホールを訪ねてみました。式場見学もさせて頂いていたので様子がわかっており、特に安置室は家族が集まれる広さで、他所で見た冷たい霊安室と違い、簡単な家族葬もできそうな普通のお部屋の雰囲気が気に入っていたからです。漠然とした不安な気持ちで事前相談をお願いしたのですが、スタッフの小峰さんとお話しているうちに具体的なイメージが湧いてきて、万が一の時には心をこめてお見送りをしようという気持ちになれました。
毎日のように病院の近くで待機しながら満足のいく看病もできないまま、恐れていた「その時」が来て、動揺しながらもサン・ライフにお電話すると、まだ未明の暗い中でしたが、すぐに迎えに来て下さったのはとても有難かったです。
葬儀の打合せの時には、担当の原島さんがまずこちらの希望を聞いて下さって、一般的な形を勧めることなく、希望を尊重しながら一つ一つ確認して下さったので、葬儀の具体的な流れをイメージすることができました。以前から、亡くなった方の体を衛生的に長く保全してくれるエンバーミングのことをお聞きしていたのですが、薬を使用するというお話に抵抗を感じ、積極的にお願いする気持ちにはなれませんでした。しかし、葬儀が一週間先になるということで、その間毎日ドライアイスを交換して冷たくしておくよりは良いかと思い、お願いすることにしました。エンバーミングを施してもらい私の自宅に戻った姉は、今にも起き上がって話しかけてくれそうな気がするくらい、生前の自然な面影のまま布団で休んでいて、可愛がっていた甥にも見守られながら、最後の一週間を共に過ごすことができました。
葬儀当日、担当の小島さんは遺族の気持ちに寄り添い、流れ作業的な進行ではなく、ゆったりと丁寧に進めて下さいました。イベントで見せて頂いて感動した旅立ちの衣装の綿花装飾をお願いし、納棺の時に時間をかけて丁寧に和装を形作って下さる小島さんの所作も、名残を惜しむ遺族の気持ちを整えてくれました。
精進落としの会食は、期待する気分でもなく何気なく箸をつけたのですが、葬儀場の食事とは思えない美味しさに驚きました。デザートまで手を抜かず、料理長が本気で作って下さったことが伝わる充実したものでした。私たちのために一生懸命作って下さったお気持ちで癒されることもあるのだと感謝すると共に、参列して下さった方々にもお礼のおもてなしができて有難く思いました。
スタッフの皆さんに、事務的に効率よく進めようという雰囲気がなく、姉の人生の最後の時を感謝の気持ちを伝える温かい時間にしたい、心をこめて丁寧にお見送りをしたいという私たちの想いを実現させて下さったこと、心より感謝申し上げます。